湖底の沈木
洞爺湖の北湖畔、洞爺湖芸術館の沖合に、1本の大木が立ったままの姿で沈んでいます。葉や枝はすでに無く、太い幹だけが深さ11mの湖底から突き出しています。この湖底の大木(以降「沈木(ちんぼく)」と言います)は、2019年、洞爺湖町が実施した洞爺湖水中撮影の業務中に偶然発見されました。
湖の底に森が沈んでいるという話は、洞爺地区では昔から言われていたことでした。しかし、明確な場所や本数、何より「なぜそこに木が沈んでいるのか」ということは、調査されたことはありませんでした。
『洞爺村史』(昭和51年 洞爺村発行)によると、「舟で沖に漕ぎ出すと、丁度底が見えなくなる境あたりに、沈木が不気味に見える地点がある。しかもある箇所では、林立したままの自然の林の姿で沈んでいる。こんな箇所が所々で見られ、又中島でも見られた。」と説明があり「沈木の状況は、現在では見られないことである。それは昭和十三、四年頃沈木を盛んに引き揚げて造材した。埋木の状態にはなっていなかったが珍重されたとのことである。」とされ、沈木は材木としてとり尽くされ、今はもう無いと述べられていました。2019年に発見された沈木は、この無くなったとされていた沈木の一つだったのです。
2020年夏、洞爺湖町による再調査で、以下のことが明らかになりました。
①高さ(湖底から先端までの長さ)(実測値)/7.80m
②幹回り(実測値)/2.14m
③推定樹高(幹回りの数値から算定)/26m
④樹種(木口、板目、柾目の光学顕微鏡観察)/ニレ属ニレ科
(顕微鏡形態観察、樹形、分布、現存植生種組成からの推定)/ハルニレ類
⑤樹齢(年輪コアによる測定)/約160年
⑥木の成長が止まった年代(加速器質量分析法による放射性炭素年代測定)/西暦1637~1796年頃(17世紀前半~後半の確率が最も高い)
沈木は江戸時代からずっと、湖底に沈んでいたことになります。では樹高26mまで大きく育ったニレの木は、なぜ湖底に沈んでしまったのでしょうか。
現在考えられている説として
①水位上昇説:湖畔の森だった場所が、洞爺湖の水位上昇により沈んだ。
②地すべり説:森だった場所が地滑りによって、比較的ゆっくりと湖の中に沈んだ。
があります。
洞爺湖は、約11万年前の巨大噴火で形成されたカルデラ湖です。もともと切り立った急崖だったカルデラ壁も、長い年月をかけて崩れていき、現在のようななだらかな斜面になっていきました。地滑りのきっかけは様々に考えられますが、洞爺湖周辺の出来事として、1663年の有珠山噴火があります。有珠山は洞爺湖の南岸にあり、沈木の位置からほぼ対岸での噴火ですが、火山性の地震が繰り返され、湖畔の森が湖側に地すべりを起こした可能性もあります。
洞爺湖北岸には、このほかにも沈木が確認されていますが、保護のため、場所は公開していません。洞爺カルデラの成り立ちを物語る証拠として、これからも残していきたい「宝」です。