湖畔の植生

洞爺湖北岸植生調査及び沈木樹齢測定 (要約)

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露崎史朗 (北海道大学大学院地球環境科学研究院)
〒060-0810 札幌市北区北10条西5丁目

  2019年、洞爺湖北岸湖底に、多数の沈木が、現在も林立していることが再確認され報道もなされた。沈木が形成された古環境を復元するにあたり、現存植生がヒントとなる可能性は高い。そこで、2020年夏期に洞爺湖北岸の森林において帯状区による調査を行い、森林構造を記録した。さらに、林床の植生調査を行った。また、胸高直径(DBH)-樹高関係と沈木から採取された年輪コアの年輪成長を用い、沈木の樹種同定、樹高・樹齢測定を行った。

結果

  帯状区全体で、高木種は21種が記録され、多様な樹種組成であった。本数の多かった高木樹種は、ミズナラ、ミズキ、アズキナシ、シウリザクラ、ハウチワカエデ、ヤチダモ、ハリギリであった。種によっては、樹高20 mを越えるものも認められた。林床植生は、トクサが高い頻度で出現し、クマイザサ、チシマザサが優占した部分が多かった。ササの被度が低い林床では種数が高く、林床植生の多様度はササによる被陰が関与することを示唆していた。しかし、林冠は森林としてよく発達し、樹木実生の定着も良好であり被陰は強度ではないところが多い。
 湖底より採取された2本の沈木(A, B)の年輪コアをスキャンし、年輪幅を測定した。沈木Aは残存部分の長さが780 cm、最も太い部分の周長が214 cm、沈木Bは長さ330 cm、周長が170 cmであった。DBHに直すと、沈木Aが68 cm、沈木Bが54 cmとなる。現存植生の高木の直径(x)-樹高(y)関係は y = 2.231‧x 0.585 で近似でき、沈木Aは高さ26 m、沈木Bは23 mと推定された。これらの樹高は、現存植生のであれば、林冠を構成するのに十分なサイズである。
 材の顕微鏡形態観察から、樹形、分布、現存植生種組成から、沈木Aはハルニレ類と同定された。沈木Bは、同様にミズナラと同定できた。樹齢は、沈木Aは161年、沈木Bは179年以上と推定された。沈木A, Bの成長速度は2.1 mm/年と1.5 mm/年であった。放射性炭素同位体により得た沈木年を重ねると、沈木Aは1502年から1663年、沈木Bは1299年から1478年まで洞爺湖畔で成育しており、これら2本の沈木の生存年代は重ならない。

考察

  現存植生では、樹高20 m以上のミズナラが見られ、樹種構成も多様な発達した森林が認められた。しかし、幅20 mの林帯を見出せる地域は限られ、残存する森林は貴重な生態系サービスの資源となろう。沈木の樹高は、20 m以上と推定でき、沈木は、現存する森林型の中か、より発達した森林で形成された可能性が高い。
 樹齢は、ハルニレ(沈木A)で161年前後、ミズナラ(B)で179 年以上であった。死亡年と重ね合わせると、ハルニレ(1502-1663)は戦国期(室町時代後期)から江戸時代前期に、ミズナラ(1299-1478年)は鎌倉時代前期から室町時代前期に生存していたことになる。沈木2本とも北海道年代ではアイヌ文化期に生存していたが、これら2本が共に生存していた時期はなかった。つまり、沈木は複数回発生し、大規模な環境変化が複数回起こったことを示している。ハルニレの死亡した1663年前後では、1663年に有珠山噴火が記録されている。したがって、火山噴火に関連する大規模環境変動により沈木が形成された可能性は高い。しかし、ミズナラの死亡した1478年前後には、明確な噴火・地震等の記録はなく、直接的な噴火との関係は不明である。今後、地質・地形等の調査データと合わせ、より詳細な沈木発生前後の環境変動を明らかとする必要がある。

月浦森林公園内の帯状区での調査の様子(2000年8月7日撮影)。近くに樹高20メートル程度のハリギリやクリの木が定着している。稚樹も多く、更新自体は悪くはない。

浮見堂付近でのササ被度の低い部分に認められた多くのミズナラの実生。 (2000年8月7日撮影)。

(上) 湖畔から採取されたミズナラの年輪コア。環孔材であるため年輪が明瞭に見える。
(下) 沈木年代推定に用いられたミズナラの年輪コア。炭化は進んでいるが、年輪は明瞭に見える。上部のスケールは幅1 mm。

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